確実に 一歩一歩、マシンを 造って行く・・ ここまでは 中村が一人で 作業を進めて来たが
ようやく セカンド世代達の 三名にも、火が付き始めた様だ・・。 だがそれは 決して手離しで
喜べる 事ではない・・。 何せ・・ 三名分の作業を、常に見ていなければ ならないからだ・・。
正直、自分の管轄だけでも 手一杯な 感があるのに、他の連中の作業まで 常に見張るのは
かなりキツイ 事である・・。 ならば ここは、笹賀や誠太郎を・・ と、思いたくなる 所なのだが
それでは 旧体制のままで、変革もなし・・ 中村の思惑も、違ってしまうと 言うものである・・。
昨年 秋、久々の筑波 本コース走行で、ライダー上田が 言っていた 「ギア抜けがあった・・」も
原因が判明・・。 ミッションギヤ側ではなく、スライド操作系統に 消耗症状を発見できた・・。
シフトフォークも交換・・ ただし、そのまま組み込む 訳ではない・・。 強度を犠牲にする事なく
加工を施す・・。 常時噛み合いギアを スライドさせる際の、耐久性やタッチなど、ちょっとした
工夫を 取り入れる事で、操作感に 変化が生まれる・・。 時間はかかるが 手は抜けない・・。
大地とツバサ・・ 同期入門の二人 と 言う事もあり、常日頃から ライバル意識が 在る様だ・・
日々、修練の中で ぶつかり合い、切磋琢磨するなら よし!と 教えている・・。 若手達から
多く 感じるのは 気持ちの足りなさ・・ 技術は高いが ハートが 付いて来てない・・と 言った
感が 在る様に思える・・。 レースの現場では 正しく、その コミュニケーション能力こそが
大きく モノを言うので、テクニックとしても そこを、教え込んで行かねば ならないだろう・・。
それでも今は、この一瞬を 精一杯やる!・・で、良しと しよう・・。 いずれは、彼らにも伝わる・・
培って行く事だろう・・。 よくよく 思い返せば、これまでもずっと・・ そうであったの だから・・。
大地は、兵庫県 姫路の出身・・ 整備学校 在籍中に、遥々 東京まで足を運び、我が本店に
在籍・・。 遠く離れた地元から 東京に住み込みで 修行に来るのは、言う程 容易ではない・・。
性格は、人なつっこくて 楽天的・・ 実父が地元で バイク屋さんを 営んでいた事から、無類の
バイク好き!でもある・・。 人見知りを しない性格は 良いが、レースの現場では 間違えると
軽薄とも 捉えられてしまうから、注意が必要だ・・。 むろん これから、現場で 叩き込むが・・
作業に勤しむ 大地を横目に、中村も 取っ組み合う様に 最後の追い込みを、スパート・・。
この1ヶ月・・ New1号機フレームに 掛かり切りで、だいぶ疲れを 感じ始めて来ている・・。
他の仕事も 進めねばならず、精神的には 大変 良くない状況・・ 自問自答する 始末だ・・。
左が バッテリーケース 中央は オイルキャッチタンクで、右側が SP‐Ⅱの 点火ユニット・・
全て 塗装前の フレーム単体の段階で、作業を施しておく 必要性が、あったものばかり・・。
出来るだけ 低重心に、かつ 整備性も考慮・・ もちろん 重量に対する意識も 忘れてない・・。
今回、専用に設けた 脱着式チェーンスライダー周辺にも、補足的な補強を 施しておいた・・。
そして、これにて フレームへの作業は、全て 終了・・。 かなり時間は 掛かってしまった・・。
少し遅れて 大地も、ツインプラグ用 コイルブラケットが 完成・・。 渾身の一作・・ の様だ・・。
中村とて 渾身の一作・・ RCM-240 Z レーサー New1号機 の、新たなフレームだ・・。
かなり 事細かく、細部まで 造り込む事により、車体を 組み上げて行く段階での、造りモノが
殆ど 無いであろう・・ と 思える仕様だ・・。 フレームに施した 補強箇所は・・ いや・・これは
適切な表現で ない・・ もう 何ヶ所とか言う 表現で 扱いたくない・・ そんな フレームである・・
しかしながら 何と言っても、RCM として 造り込んだ、あくまで ノーマルフレームベースでの
仕様なだけに、あえて 名称をするなら、” STAGE‐R ” とでも 名付けようか・・ そんな風に
思える 出来映えである・・。 とにかくも、最も過酷な 作業量と思える、フレームセクションが
終了した・・。 これでいよいよ 次の段階に 入れる訳である・・。 上田とも、話を したのだが
目指す シェイクダウンは、3月中旬に 焦点を置いている・・ 決して時間的な 余裕はない・・。
その14に 続く・・
New1号機の フレームは、完成しました・・ 次回からは、車体の 立ち上げ編と なります・・。